■第1回 【焼肉道は肉食道】

[…彼らはてんで口々にわいわいがやがやさわぎながら洗面器と七輪のまわりに群がって内臓をむさぼり始めた。七輪のそばにはゴンがつきっきりで長い竹箸を器用に使いながら肉を焼いたり、タレに浸したりしていたが、男たちのあるものは生のまま臓腑をひきちぎって頬張ったり、真っ赤にトウガラシをまぶしつけて食ったりした。おとなしく焼けるのを待ってちゃんとタレに浸して、箸を使って、というのはひとりもなかった…]

これは別に、どこかの未開地における原住民ルポではない。血しぶき飛び散るホラー映画の一場面でも、もちろんない。戦後日本の混乱期、食い詰めた大阪のスクラップ泥棒集団「アパッチ族」を描いた、文豪・開高健の名著「日本三文オペラ」の一節である。そして、これこそは、「焼肉」のはじまりの姿なのだ。

後に詳述するが、焼肉は戦中・戦後の日本で食うや食わずの生活を強いられていた在日朝鮮人が、商品価値を持たず屠場で捨てられていた牛、豚の内臓を故郷の習慣にならって巧みに料理し、やがてこれを商いにしたものである。今こそ、焼肉屋と言っても高級レストランからファミリー店、昔ながらのホルモン焼屋と、その業態は様々だ。用途も、デート、家族の団らん仕事帰りの一杯など千差万別になった。生活水準の向上とともに人々は「食」に演出を求めるようになったが、焼肉も例外ではない。焼肉はこの半世紀で、すっかり洗練された。経済成長、生活水準の向上で「アパッチ族」ほどの動物的エネルギーに満ちた集団が姿を消すのにともなって、「焼肉を楽しむ」行為からも「肉を食らう」という骨太で野生味ある本質が抜け落ちて行った…が、果たして本当にそうだろうか?見かけはかなり変わっているが、原始の頃の焼肉を今に伝えるものはまだまだある。

例えば、在日コリアン3世の若者たち。日本生まれで日本育ち、年齢層で言うと現在10〜30代で、本国のこともあまり知らない彼らは、祖父母や両親の世代に比べると格段に日本化したと言われる。しかし、大皿にテンコ盛りのテッチャンに、キムチの残り汁をぶちまけ網の上に流し込むように落し、それこそ生焼けのまま頬張る姿は祖父らもその一員であったであろう「アパッチ族」を彷彿させる。

では、これは、彼らの血筋の問題だろうか?そうではないだろう。楽しむスタイルは様々でも、焼肉を楽しむ道は、自分の隠れた野生をもって進む、肉食道なのだ。老若男女、階級・人種を超え人々を引き付ける焼肉のあれやこれやを見ていくことにする。 (KEN)

※プロフィール
KEN : ギャラとスコッチをこよなく愛する庶民派ライター。実家は焼肉屋。