| ■第6回 【「濃厚大食」の肉食道T】 |
朝鮮民族がいかにして肉食文化を持つに至ったかは、コラム第2回で書いた。簡単に振り返ると、大陸に近い半島北部住民らの肉食習慣が起源としてあり、さらには蒙古支配による仏教形骸化などを経て一般化した――ということだ。
食習慣の歴史的経緯をタテの線で説明すればこうなるが、ヨコの広がりはどうであったろうか。肉を食らうという習慣が、朝鮮民族の食のスタイルにどう反映されているか、ということである。
朝鮮民族の食のスタイルをパッと見から判断すると、「濃厚大食」と言えると思う。ここではまず、「大食」について見てみたい。
朝鮮民族は卓上に所せましと料理を並べ、大勢でワイワイガヤガヤ食べることを好む。在日朝鮮・韓国人でも、焼肉屋や居酒屋で、テーブルいっぱいの料理を注文しなければ気がすまない、という人が少なくない。儒教による家父長制=大家族の伝統が長らく保たれて来たからでもあるが、要因はそれだけではないようだ。
すでに述べた通り、朝鮮民族、とくに北方住民らの生活習慣には、大陸の遊牧民と通じるものが少なくなかったとされる。つまり、「狩猟採集」を日々の糧を得る手段としていたのだ。
農耕で収穫された穀類に比べ、狩猟で得た獣肉は、昔は貯蔵がきかなかった。また、狩猟は多人数で当たってこそ、その成功率も上がる。それで、獲物を皆で分け合い、残さずに一気に食らうという習慣ができた、という説があるのだ。
次に朝鮮民族の食における「濃厚」スタイルを見てみたい。
朝鮮半島では狩猟採取ばかりでなく、農耕も古くから発達した。もちろんその過程においても、大豆モヤシやワラビなどの山菜採集は重要性を失わなかった。ビタミンや植物性タンパク、繊維質豊富な山菜は、肉を食べる際の副食として非常に大事な食材となってきたのだ。
ちなみに年配の在日朝鮮人(日本生まれの2世も含まれる)は、休日などにはしょっちゅう山菜取りに出かける。自分だけの「穴場」を知っている名人は、その場所を絶対他人には教えない。
ただ、山野が深い雪に埋もれる冬には、野菜の収穫が無いばかりでなく、山菜類の採集もできなくなってしまう。
そこで、冬の間のビタミン源として発明されたのが、他ならぬキムチである。 キムチは冬の間の保存食として作られたものであるが、長持ちの効能はニンニクとトウガラシに依拠している。「濃厚」な食のルーツが、この辺に見えてきた。
朝鮮半島において肉食道は、「料理」として現れたものではなく、生活の営みの柱に近いものであったことが、お分かりいただけたと思う。「濃厚」の秘密を読み解いていくと、さらに面白いものが見えてくるのだが、それは次回にご期待願いたい。
(KEN)
※プロフィール
KEN
: ギャラとスコッチをこよなく愛する庶民派ライター。実家は焼肉屋。
|
|